今月読んだ書籍のなかで、深く刺さった小説がこれ。

さすが、本屋大賞に選ばれただけあって、読みごたえのある小説でした。
若い頃に読んでいたらこれほどまでに心が震えることはなかった作品でしょう。
49歳という年齢を迎えた今のわたしだからこそ、作中で描かれた痛々しい現実に共感を覚えてしまいました。
物語の冒頭から、人生の本質を容赦なく突いてきます。
「人生とは、これまでやってきたことが還ってくるものだと思っていた。
勉強も仕事も、過去の自分が頑張ってくれたその分、成績や給料といった形で、その後の自分に還元されてきた。
ただ、これからは違うのかもしれない。今後還ってくるのは、これまでやってきたことよりも、これまでやってこなかったことのほうなのかもしれない。」
この言葉を目にした瞬間、胸が締め付けられるような感覚に陥りました。
若い頃の努力は分かりやすい対価として還ってきましたが、これからの人生で向き合わなければならないのは、自分が過去に「してこなかったこと」であり、それは意外と自分では気づいていないことだったりするのです。
この冒頭文は小説全体を通じて大きなメッセージとなるのです。
わたしが今の年齢になって直面したのは、周囲との関係性における変化でした。
40代後半になると、家族・友人・知人との関係だけでなく、自身の体調や心境も相まって、人生のステージが変わってしまうものです。
これまでは「人からどう思われようと構わない」と、勝手に自分の人生を解釈して生きてきた感がありました。
しかし最近になって、その生き方自体に少しずつ疑いを持ち始めてしまったのです。
自分でも驚いたことに、中年と呼ばれる世代になると、「孤独」に対するセンサーがひときわ敏感になります。
「自分自身が社会と適切につながっているのか」と考えたり、また「社会から必要とされていること」を切望してしまう瞬間があるのです。50歳という大きな節目を前にして、わたし自身も「ミッドライフ・クライシス」と呼ばれる心理的な迷路に立ち尽くしていました。
中年は「孤独」と「後悔」に弱いという箇所が刺さる……
そんな折に出会ったのが、この小説でした。
書評などではアイドルのファン心理をテーマにした「推し活」や「ファンダム」の物語として紹介されることが多い印象です。
しかし、わたしの心に最も深く刺さったのは、主人公である47歳の男性「久保田」の存在。
彼は妻と娘の3人家族であり、わたしの家庭構成とまったく同じです。
娘の雰囲気や性格までもが似ていて、他人事とは思えない……。
久保田は枯れかけた中年であり、過去の人生の大半を仕事に捧げて生きてきた挙句、離婚を経験。
娘は世間のトレンドに流されることなく、自分の軸を持って生きている。
その姿を誇りに思う一方で、彼自身の内面はずっと乾いている。
この小説全体を通して、家族への「贖罪」というキーフレーズが思い浮かびましたが、私も「贖罪」の真っただ中かもしれません。
現代社会では「幸せは人それぞれ」「自分軸を持とう」「他人と比べるな」といった言葉が溢れています。
しかし、これらの耳触りの良い言葉は、何かを語っているようで、実際には何も提示していないことにも気づかされます。
作中に登場するマーケティングコンサルタントの国見は、このように語っています。
「幸せの形は人それぞれと言えば聞こえはいいんですが、あらゆるパターンの人生が可視化されて、これまで転職されてきた生き方の正解とか成功の条件みたいなものは、ただの幻想だってことが知れ渡りました。〜略
でも、それって言い換えれば自分というリソースを使い切ったもん勝ち、ってことでもあると思うんですよね。〜略
対象がなんであれ自分を使い切っている人には、外部からのジャッジが一切通用しない。」
わたし自身、幸福について思考を巡らせるとき、つい「他人は他人、自分は自分」といった簡単な結論に着地してしまうことがあります。しかし、これは思考を振り出しに戻すような行為でもありますね。
個別性を認めて「人それぞれ」と片付けてしまうことは、結局のところ誰に対しても何も提示できていない状態と同じなのだと痛感させられました。
あと印象的なのが「インスタント味噌汁」です。
作中における久保田の存在感、そして彼を取り巻く環境の表現にはすさまじいものがあります。
「俺はまた、あの部屋に1人で呼吸をするだけの生き物になる。
インスタント味噌汁の溶け残りを無言でかき混ぜるだけの生命体に。」
著者の強いこだわりなのか、この小説には「インスタント味噌汁」というモチーフが頻繁に登場します。
わたしはこれが絶妙かつ切ない役割を果たしていると感じました。
「脳みそ」が溶けていくような感覚と、「みそ汁」の塊を溶かす行為。
この2つの意味合いが随所に重ね合わせられているように思えたのです。
インスタント味噌汁。
無機質でありながら必要最低限の食料として描かれる存在が、中年の孤独をこれ以上ないほど物語っている。
それに加えて、実の娘から父親ではなく「あの人」呼ばわれされている点など、あまりにも強烈に孤独感を誘発されました。
これは本当に、身につまされる辛さがありますね。
ストーリーを読み進めていくと、あらゆる方向から搾取を仕掛ける社会構造が浮かび上がってきます。
客観的に俯瞰してみると、誰の生き方が正解なのかを明確に判別することはできません。
物語を読み進めるうちに、まるでタコが空腹に耐えかねて自分の足を食べているかのような感覚に囚われました。
こわい。
久保田が……自分で働いて得たお金が、
こんな形で循環されているなんて。
物語のクライマックス、とくにラストの10ページは、まるで牛歩のごとく1つの文章をじっくりと味わいながら読み込む。読み終わった後はすぐに冒頭へ戻って読み直したくなりました。久保田が置かれたあの日常の風景を、もう一度最初から切実な気持ちで確かめ直したくなるからです。
作中の言葉を借りるなら、わたしたちは誰もが「自分というリソースを使い切ること」を求めて模索しているのかもしれません。
それが推し活であれ、なんであれ。

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